大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和57年(行ウ)27号 判決 1988年1月27日

愛知県半田市七本木町一丁目六七番地の三

原告

西村東海

右訴訟代理人弁護士

原山剛三

山本勉

愛知県半田市宮路町五〇番地

被告

半田税務署長

西井隆

右指定代理人

畑中英明

加藤哲夫

花木利明

前川晶

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和五二年分、同五三年分及び同五四年分の所得税につき、被告が昭和五六年三月三日付でした各更正処分(ただし、昭和五三年分については、裁決による一部取消し後のもの。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和五二年分、同五三年分及び同五四年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税につき、原告のした確定申告、異議申立て及び審査請求、被告のした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件課税処分」という。)、異議決定並びに国税不服審判所長のした審査裁決の経緯は、別表一ないし三記載のとおりである。

2  しかし、本件課税処分は、原告の所得金額を過大に認定したものであつて、違法である。

3  よつて、原告は、本件課税処分(ただし、昭和五三年分については、裁決による一部取消し後のもの。)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項は否認する。

3  同3項は争う。

三  被告の主張

1  推計の必要性について

(一) 原処分(本件課税処分)時の状況

被告は、原告の所得税調査のため、昭和五四年一一月二七日から同五六年三月三日の本件課税処分に至るまでの間、一〇回にわたり、被告の担当職員を原告の自宅及び事業所に臨戸させたが、原告は、担当職員の再三にわたる要請にもかかわらず、(1)多忙である、(2)調査理由を開示してない、(3)調査の途中で調査対象年分を変更しているから調査のための調査である、などを口実にして、帳簿書類を提示せず、調査に全く協力しなかつた。

(二) 異議決定時の状況

被告は、異議申立てに伴う調査の際にも、再三にわたり、原告に対し帳簿類の提示を強く求めたが、原告は、(1)半田税務署は信用できない、(2)間違つた処分をした税務署長に再度調べてもらうつもりはない、(3)三か月過ぎるのが待ち遠しい、(4)国税不服審判所に事件を送つてほしい、などと申し立てるのみで、調査に応じようとはしなかつた。

2  原告の所得金額について

(一) 事業所得の金額について

(1) 仕入金額について

本件係争各年分における原告の仕入金額(実額)は、別表四ないし六記載のとおりであり、その合計金額は次のとおりとなる。

昭和五二年分 金六六八七万三八三〇円

同 五三年分 金一億〇一〇七万二二七六円

同 五四年分 金一億〇一六二万七九五四円

(2) 同業者比率について

原告の事業所が存する三河湾を含む隣接沿岸地域を所轄する税務署管内において、原告と同種の事業を営む青色申告書を提出している個人及び法人で、別表七記載の「同業者の選定基準」に掲げる条件に該当する者(以下「同業者」という。)の課税実績から算出した売上原価に対する所得金額の割合は、別表八ないし一〇記載のとおりであり、その平均値(以下「平均所得率」という。)は次のとおりとなる。

昭和五二年分 一四・四二パーセント

同 五三年分 一五・二九パーセント

同 五四年分 一五・三四パーセント

(3) 事業所得の金額の算出について

原告の事業所得は、仕入金額に平均所得率を乗じて算出できるところ、その計算結果は、次のとおりとなる。

昭和五二年分 金九六四万三二〇六円

同 五三年分 金一五四五万三九五一円

同 五四年分 金一五五八万九七二八円

(二) 配当所得の金額について

原告は、訴外知多信用金庫に対する出資金の配当として、本件係争各年にわたり、毎年金八〇〇円を受け取つた。

(三) 雑所得の金額について

原告は、昭和五四年に、訴外中共相互銀行師崎支店における定期積金に対する給付補填金として、金九万七四一六円を受け取つた。

(四) 所得控除額について

原告の本件係争各年分における所得控除額は、別表一一ないし一三の当該欄記載のとおりである。

(五) 課税所得金額及び税額について

原告の本件係争各年分における課税所得金額は、前記(一)ないし(三)を加えたものから同(四)を減じた金額であり、これをまとめると、別表一一ないし一三の当該欄記載のとおりとなる。

3  本件課税処分の適法性

本件課税処分に係る課税所得金額及び税額は、前記2の被告主張金額の範囲内であるから、本件課税処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1(一)、(二)項の事実はいずれも否認する。

2(一)(1) 同2(一)(1)項のうち、別表四の記号オ、カ、ク、コ、ス、同五の記号オ、カ、キ、ク、コ、サ、ス、セ及び同六の記号ケ、コ、ス、タ、チに記載された仕入金額の存することは認めるが、その余は否認する。

(2) 同2(一)(2)項の事実は知らない。

(3) 同2(一)(3)項の事実は否認する。

(二) 同2(二)項の事実は認める。

(三) 同2(三)項の事実は認める。

(四) 同2(四)項の事実は認める。

(五) 同2(五)項の事実は否認する。

3  同3項は争う。

五  原告の反論

1  所得税法二三四条一項は、税務署等の当該職員のいわゆる質問検査権について規定したものであるが、この質問検査権につき当該職員の恣意的行使を認めると、被調査者に対し不当な犠牲を強いることになるので、当該職員は、合理的な必要性がない限り、右権限を行使することは許されない。換言すれば、被調査者は、合理的な理由があればこの質問検査を正当に拒むことができると解すべきところ、本件においては、次のような事実があり、原告は、質問検査を拒む正当事由があつた。すなわち、

(一) 被告の担当職員として原告の自宅ないし工場(南知多町片名所在)を訪れた訴外山越洋司(以下「山越」という。)及びその後任者である同浜辺節次(以下「浜辺」という。)は、来訪に際し、原告に対し何らの事前連絡をしなかつたこと、

(二) 原告が不在のため、応対に出た同人の妻ふき子(以下「ふき子」という。)や原告の事業所の女子事務員が、「自分は納税義務者でないから回答できない。原告本人に話をして下さい。」とか「原告本人が応対すると言つているから、事前に連絡して欲しい。」と述べたにもかかわらず、山越や浜辺は、執拗に帳簿類の提示を求めたこと、

(三) 原告が、「一般経理と税法に基づいて申告している。何か不審な点でもあるのですあか。何故、調査をするのですか。」と述べて調査理由の開示を求めても、山越らは、「とにかく帳簿を見せてくれ。」と言うのみで、これに応じなかつたこと、

(四) 原告が、工場移転に伴い帳簿が分散していること、単年調査が望ましいと国税局長も国会で答弁していること、事業所も狭いこと、などを理由に、自宅において三年分を三回に分けて調査することを山越らに提案したにもかかわらず、山越らはこれを無視して一方的に三年分の帳簿の一括提示を求め続けたこと、

(五) 山越は、昭和五一年分から同五三年分までの帳簿類の提示を求めていたところ、浜辺は、昭和五二年分から同五四年分までの調査を行う旨言明したので、原告は、その変更の理由を問い質したが、浜辺はその説明を全くしなかつたこと、

など、被告の担当職員による質問検査権の行使は適正とはいえず、原告が帳簿類の提示をしなかつたのは合理的な理由に基づく正当な権利行使というべきであるから、推計課税の要件である質問検査に対する不当な拒否の事実は存せず、推計課税による本件課税処分は違法である。

2  被告は、推計の基礎資料を収集するため、原告の取引先に対しいわゆる反面調査を行つているが、同調査は納税者の承諾なくしては行うことができないものと解すべきところ、原告はこの承諾を与えていないから、右反面調査は違法であり、したがつて、これにより得られた資料を用いた推計課税による本件課税処分もまた違法である。

3  課税処分取消訴訟の審理の対象は、課税処分がその当時の資料によつて認定できるか否かであるところ、被告は、本件課税処分当時、推計課税をすることができるだけの基礎資料を有しておらず、単なる見込みに基づいて処分を強行したものであるから、本件課税処分は違法である。

4  被告の推計方法には合理性がない。

(一) 被告は、原告の事業所得金額を算出するにあたり、売上原価と仕入金額とが等しいとの前提で、仕入金額に平均所得率を乗じているが、在庫の有無によつて両者は異なつてくるし、仕入金額には売上原価にあたらない経費項目の金額が含まれるから、あくまで売上原価に平均所得率を乗ずべきものであり、被告の推計は合理性を欠く。

(二) 被告は、同業者比率法を用いているが、用いられた同業者の氏名、営業年数、営業規模、立地条件等が明らかでなく、原告のように、(1)昭和五〇年に至つて南知多町の業界に新規算入した者は、大幅な値引きをし、下取りエンジンを高値で買い取らねばならない等の安売り商法を採らねばならなかつたこと、(2)営業経歴の短い者は、修理部門の売上を期待できず、仕入額に対する所得率は低いこと、(3)仕入価格も取引実績が浅いため、高値にならざるを得なかつたこと、(4)技術的にも未経験者が多く、作業能率が上がらなかつたこと、(5)工場や自宅の配置が悪く、立地条件が劣つていたこと、など所得率が低い特殊事情を考慮した形跡がないので、推計の基礎となる類似性を欠く。

現に原告(ただし、昭和五七年より法人化)は、昭和五七年度ないし同五九年度においても被告の税務調査を受けているが、これにより確定した所得率は、別表一四記載のとおりであり、本件課税処分のそれと著しく相違している。すなわち、被告の推計が、いかに実額と掛け離れているかが明らかである。

六  原告の反論に対する被告の認否及び再反論

原告の反論はすべて否認ないし争う。すなわち、

1  所得税法二三四条一項は、質問検査権を行使する範囲、程度、時期、場所等について特段の制約を規定していないから、質問検査権の実施の細目については、相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な範囲にとどまる限り、その権限を有する税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解すべきところ、原告の問題とする調査の事前連絡、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な開示は、法律上の要件とされていないから、山越や浜辺がこれらを尽さなかつたとしても、同人らの質問検査権の行使は違法ではない。

これを詳述すれば、

(一) 仮に税務職員が、初回の調査臨場の際、納税者に事前の通知をしなかつたとしても、納税者の困惑に乗じて即座に調査を強行しようとしたものでない限り、調査が違法性を帯びることはないと解されるところ、山越は、初回に原告方に臨場した際、ふき子に対し、原告より調査希望日を連絡してほしい旨の簡単な伝言を依頼し、そのまま原告方を辞去しているから、何ら違法な点は存せず、このことは、二回目以降の調査においても同様である。

(二) 税務職員が、納税者本人を差し置いて、その妻や従業員に対する調査に固執することは、およそ通常の調査方法としては考えられず、山越や浜辺も、ふき子や女子事務員に対して執拗に帳簿類の提示を求めたことはない。

(三) 納税者は、税務職員の質問検査権の行使に対し、一般的に受忍義務を負つていると考えられること、税務調査の際、調査理由を開示すべき旨を定めた法律の規定が存しないこと、などからすると、税務職員は、特段の事情がない限り、税務調査に際し、納税者に対して調査理由を告知、説明しなくとも、調査が違法となることはない。

(四) 税務調査の方法は、一般的に税務職員の合理的な裁量に委ねられており、ある年度の調査を行う場合でも、これと関連性のあるその前後の年度の帳簿類の対照、確認が必要となることが多いから、当該年分以外の帳簿類の提示を求めることは十分に合理性があるというべきところ、本件では、そもそも原告が単年調査を提案し、これが受け容れられなかつたことを理由に税務調査を拒否した事実はないから、山越らの調査は違法ではない。

(五) 税務職員は、特段の事情がない限り、納税者に対して調査年分の変更の理由を明らかにしなければならないものではない上に、本件では、新たな年分の納税期限が到来したために調査年分が変更されたにすぎず、調査担当者の交替に伴つて突然変更されたものではない。

2  反面調査を実施するについては納税者の承諾を得ることは要件ではなく、前記のとおり、これを実施するか否か、実施の態様をどうするかなどは、税務職員の合理的な裁量に委ねられている。

3  課税処分取消訴訟の審理の対象は、原処分に係る所得金額ないし納税額が総額において処分時における客観的なそれらを上回るか否かであつて、これを根拠づける主張や証拠の提出は単なる攻撃防御方法にすぎないから、被告が原処分後に収集した資料を提出することは、時機に遅れない限り、当然許されるというべきである。本件では、被告は、本件課税処分時において、その根拠となる基本的な資料を収集していたが、本訴提起後、その見直し等を行う中で、被告の主張の正当性を確認し、細かい計算を確定する目的で、補充的に資料を整えたにすぎない。

4  被告の推計方法は合理的である。

(一) 仕入金額を基にして売上原価を算出するには、過去の年分における期首、期末の在庫(棚卸し)高を把握する必要があるところ、本件では、原告が関係帳簿類の提示を一切拒否していて右事実を確認できなかつたから、仕入金額を売上原価とみなさざるを得なかつたものであり、一般的には、右両者は、開業年分を除き、符合する確率が高いから、かかる推計方法も合理的というべきである。

ちなみに、類似業者の仕入金額に対する所得率を原告の仕入金額に乗じて算出した推計所得は、別表一五記載のとおりであり、いずれも本件課税処分のそれを上回つている。

(二) 一般に、推計による所得の算定は、その額が現実の所得額とおおむね符合する蓋然性があれば、合理性を肯定し得るのであり、原告と比準者の事業内容に関し、必要以上に細かい事項についてまで類似性を要求すべきでないというべきところ、別表七記載の選定基準は、社会常識からみて、推計の合理性を充足しており、原告主張の特殊事情は、一般的に所得金額を低からしめる可能性を有するにとどまるから、これを覆えすものではない。

また、事業所得金額は、その時々の経営状態や経済変動等によつて相当変わり得るものであるから、係争年分をはさむ前後の時期の所得金額、所得率などが一定の傾向を示す場合でなければ、本人比率をもつて推計することは合理的でないというべきところ、別表一四記載の数値は、本件係争各年分と数年の隔たりがある上、その前後の時期の所得金額、所得率などが明らかでないから、これをもつて推計をすることはできない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告の主張1項の推計の必要性について判断する。

成立について争いのない甲第三二号証、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第三〇、三一号証、証人西村ふき子の証言(後記採用しない部分を除く。)及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲第三四号証(前同)、第三六号証(前同)、証人山越洋司の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第三四号証並びに原告本人尋問の結果(前同)を総合すると、次の事実が認められ、これに反する甲第三四号証、第三六号証、証人西村ふき子の証言及び原告本人尋問の結果の各一部は、いずれも右証拠に照らし、採用することができず、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

1  山越は、昭和五四年一一月後半ころ、半田税務署の上司から原告の昭和五一年分から同五三年分までの所得税の調査を命ぜられ、原告の工場があると聞いていた半田市花田町の建物を訪れたが、すでに閉鎖されていたので、同市七本木町所在の原告方へ廻わり、同所で出会つたふき子に原告の所在を尋ねたところ、名古屋へ出掛け夕方まで帰宅しないとの回答を得た。そこで、山越は、前記期間中の帳簿類を調査するのに都合のいい日を原告から連絡してもらいたい旨伝言を依頼したところ、ふき子は、これを了承したが、帳簿類については記帳していないと述べた。

2  山越は、かつて原告の所属する民主商工会から、同人の税務調査が原因でその会員の一人が自殺し、また、その会員の脱退工作を企てたとして非難を受けたことがあつたが、これを覚えていたふき子が、帰宅した原告に山越の来訪と右事情を伝えたところ、原告は、山越の調査を受けたくないと述べ、今後同人が訪れても、そのような態度で応接するようにふき子に命じ、税務署への連絡は放置することにした。

3  一方、山越は、他の税務調査や確定申告の事務処理に追われて原告に対する調査を中断していたが、これらが一段落した昭和五五年四月後半ころ、再度、原告方を訪れ、居合わせたふき子に、直近の三年分である昭和五二年分から同五四年分までの所得税の調査を行いたいから、原告から都合のよい日を税務署まで連絡してほしい旨伝言を依頼したところ、月末までに回答するとの返事を得た。

ところが、期限を過ぎても原告から何の連絡もなかつたので、山越は、同年五月ころ、三度原告方に赴き、ふき子に原告に対する伝言がなされたか否かを確認したところ、肯定する返答があつたので、今週中に調査に来たいから翌日にでも都合のよい日を連絡してもらいたい旨述べたが、翌日には原告からの連絡がなく、やむなく翌々日に山越より原告方に架電し、応対に出たふき子に対し、近々調査に赴く予定であるから連絡してほしい旨伝えた。

4  その後、原告の工場が南知多町片名に存在することが判明したので、山越は、同年五月末ころ、右工場を訪れ、原告と対面して訪問の趣旨が伝わつているか確認したが、同人から調査に都合のよい日を連絡する旨の伝言は聞いていないとの釈明があつたので、今からでも調査にかかりたい旨希望したところ、原告から、本日は多忙であり、帳簿類も倉庫(前記の旧工場)にあることを理由にこれを拒否されたので、改めて都合のよい日を連絡してくれるよう依頼して、当日は辞去した。

しかし、原告からの連絡がないので、山越は、同年六月初めころ、他の調査官を伴つて前記工場を再訪し、原告と面談した結果、六月中ころの特定日に原告方で調査をすることで合意が成立し、原告は、一部は欠けるかもしれないが、できるだけ帳簿類を揃えておくことを山越らに約した。

5  ところが、調査予定日の間近になつて、原告から山越に対し、右予定日は都合が悪くなつたとの電話連絡が入り、やむなく山越が、近日中に都合のよい日を連絡してほしい旨申し入れたところ、原告はこれを了承した。

しかし、相変わらず何の連絡もなかつたので、山越は、同年六月二六日、前記工場を訪れたところ、原告は不在であつたので、調査日を同年七月三日、調査場所を原告方と指定した紙片を居合わせた女子事務員に交付し、原告に渡すことを依頼した。

そして、右指定日に、山越は原告方を訪れたが、誰も応答に出ず、念のため前記工場へ電話を入れたところ、事務員から原告の不在を告げられた。

6  山越は、同年七月ころ、定期異動により転勤し、原告に対する税務調査を引き継いだ浜辺は、まず原告方を訪れ、在宅中のふき子に原告から連絡をもらいたい旨伝言を依頼したところ、それまでと同様に無視され、また、前記工場に二、三回赴いて原告と面会できたときでも、同人から当初の調査期間が変更になつたことの説明を求められたり、調査方法に制限を付けられたりして調査について折合いがつかず、結局、原告からは帳簿類の提示を受けられず、税務調査の目的を達することはできなかつた。

7  その後、本件課税処分がなされ、原告がこれに対して異議の申立てをしたので、被告の職員である訴外宮地が調査のため原告方を訪れ、原告に対し帳簿類の提示を求めたが、原告は、提示した場合に課税の減額措置がとられる旨の確約がなされないことを理由に、これを拒否した。

ところで、所得税法二三四条一項は、納税義務者に対する質問検査権を規定しているが、質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要性があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、当該質問検査の権限を有する税務職員の合理的な選択に委ねられており、また、調査実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知も質問検査実施のための法律上の要件とされているものではないと解される(最高裁昭和四五年(あ)第二三三九号・同四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集第二七巻第七号一二〇五頁参照)ところ、上記認定の事実によれば、山越や浜辺らは、原告に対する税務調査を進めるにあたり、原告の自宅やその経営に係る工場へ相当回数にわたつて足を運び、原告自身の自主的な協力を得ようと努力したことが明らかであつて、その方法、態様も、社会通念上きわめて妥当と評価できる(したがつて、原告の反論1項(二)ないし(五)は、その事実が認められないのみならず、その主張自体失当というべきである。)のに対し、原告は、税務署ないし山越個人に対する反感から、依頼を受けていた調査日の連絡をことさらに避け、あるいは調査を拒むにつき正当な理由とならない事項に固執して、これが受け入れられない限り、調査に応じられないとの態度に終始し、結局、帳簿類の提示を拒否したものと言うべきである。

なお、成立について争いのない甲第三三号証によれば、国税局長から出されている税務運営方針の中に、税務調査に際しては、できる限り納税者の便宜を計り、事前通知の励行を求める記載があることが認められるところ、山越らが原告方を訪れるにあたつて事前の連絡をしなかつたことは、前記認定のとおりであるが、右税務運営方針は、納税者の自主的な理解、協力を得て、円滑な税務行政を遂行しようとする観点から、担当者の心構えを説いたものに過ぎず、これに反する税務調査が直ちに違法となるわけではない上、そもそも山越らが、不意打ちによる困惑に乗じて調査を進める目的を有してしたものでないことは、前記認定のその後の行動から明らかであるから、原告の主張1項(一)も採用することはできない。

よつて、本件における推計課税につきその必要性があることは、十分に肯認することができる。

三  次に、原告は、推計による本件課税処分の違法事由として、反面調査につき原告の承諾を欠くこと、また、被告は本件課税処分を行うにあたり推計課税をなし得るだけの資料を有しておらず、単なる見込みに基づいて本件課税処分を強行したものであると主張する(原告の反論2、3項)ので、この点について判断するに、反面調査は、質問検査権の行使の一態様にすぎず、その実施は、前記のとおり、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられているものであるから、納税義務者の同意があるときに限つて許されると解すべき根拠はなく、税務調査につき原告の協力を得られなかつた本件においては、反面調査の必要性を十分肯認することができる。また、いずれも成立について争いのない乙第三五ないし第三七号証(異議決定書)及び証人宮島洋治の証言を総合すると、本件課税処分を行うにあたつて、被告は、相当な基礎資料を有していた事実が認められるから、単なる見込みに基づき、権限を濫用して本件課税処分をしたものとは到底認められない。もつとも、当時被告が有していた資料と本件訴訟で提出したそれとが若干相違していることは、被告の主張する推計の方式が異議決定と本件訴訟とで異なつていることからも明らかであるが、いわゆる総額主義のもとにおいて、処分理由の変更を制限する根拠はないから、前記判断を覆えすものではない。四 そこで、次に原告の所得金額について、以下検討する。

1  事業所得について

(一)  仕入金額

被告の主張2項(一)(1)のうち、別表四(昭和五二年分)の記号オ、カ、ク、コ、ス、同五(同五三年分)の記号オ、カ、キ、ク、コ、サ、ス、セ及び同六(同五四年分)の記号ケ、コ、ス、タ、チに記載された仕入金額の存することは当事者間に争いがない。

また、乙第一号証、第三ないし第六号証、第八ないし第一三号証及び第一五ないし第一七号証はいずれも成立について争いがなく、乙第三三号証の一、二はいずれも証人宮島洋治の証言によつて真正に成立したものと認められるところ、別表四の記号アは乙第一号証、イは第三三号証の一、二、ウは第三号証、エは第四号証、キは第六号証、ケは第八号証、サは第一〇号証、シは第一二号証、同五の記号アは第一号証、イは第一三号証及び第三三号証の一、二、ウは第三号証、エは第四号証、ケは第八号証、シは第一〇号証、同六の記号アは第一号証、イは第一三号証及び第三三号証の一、二、ウは第三号証、エは第一七号証、オは第四号証、カは第一号証、キは第五号証、クは第一五号証、サは第八号証、シは第一六号証、セは第九号証、ソは第一〇号証により、それぞれ記載された仕入金額が存することが認められる(ただし、別表四の記号エ及び同五の記号エは、いずれも期首、期末の残高の双方または片方が明らかでないので、右両者が等しいものとみなして算出した。)。

そうすると、本件係争各年分における原告の仕入金額の合計は、被告の主張2項(一)(1)記載のとおりであると認められ、甲第一ないし第二五号証のうち、右認定に反する部分は、これらの作成の経緯(原告は、これらはいずれも原始記録そのものではなく、本件訴訟の提起後に帳簿類に基づき整理したものであることを自認しているところ、かかる帳簿類自体の提出はない。)にかんがみると、にわかに採用できず(なお、原告の仕入金額のうち、争いのある部分を右甲号各証によつて計算してみても、後記認定の平均所得率を用いる限り、原告の課税所得金額が本件課税処分のそれを超えるものであることは、計数上明らかである。)、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  平均所得率

推計課税に用いられる方法には各種のものがあるが、一般的に、同業者率による比率法は、同業者の選定の妥当性と資料の正確性が担保される限り、客観性があり確度が高いと評価できるものである。これに対し、本人比率による比率法は、当該納税者の特殊事情が著しく他の比率を用いることができないか、あるいは他の比率の資料が得られない場合に適する方法と言うことができる。ただし、同業者率を用いる場合には、複数の比準同業者の平均値をもつて算出の基礎とするから、通常生じ得べき程度の営業条件の差異は右平均値を求める過程で包摂されると考えられ、したがつて、平均値に吸収しきれないような甚だしい特殊事情が存在しなければ、右同業者率による比率法の合理性を否定することはできないというべきである。

そして、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三九、四〇号証並びに証人宮島洋治の証言及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる乙第一八ないし第三二号証の各一、二を総合すると、次の事実が認められ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

国税実査官として本件訴訟を担当した訴外宮島洋治(以下「宮島」という。)は、昭和五八年八月五日、漁法の違いからもたらされる営業内容の差異をなくすため、原告の事業所のある三河湾を中心にその東西沿岸地域をそれぞれ所轄する一五の税務署に宛てて、同業者率を捕捉するための一般通達を発しその報告を求めたが、資料の送付を求めた同業者の選定は、別表七記載のとおり、近海で使用される主として五トン未満の漁船、船舶等に登載されるディーゼルエンジンの修理、販売業を営む個人及び法人で、本件係争各年度にわたり事業を継続していた青色申告者(ただし、一定の除外事由あり。)のうち、売上原価が金三三〇〇万円以上金二億円以下の範囲内にある者であつた。

右通達に対し、その報告を求められた各税務署の担当者は、右基準に適合する者の抽出作業を行いその結果を宮島に回答したが、これを集計して「売上原価」、「所得金額」、「所得率」の数値を整理すると、別表八ないし一〇記載のとおりとなるところ、宮島は、右「所得率」が原告に対する反面調査では判明しなかつた売上金額に対するものであつたため、念のため、回答を寄せた税務署に架電し、当該同業者の仕入金額を問い合わせた。その結果は、別表一五記載のとおりとなつた。

右事実によれば、選定の対象となつた同業者は、その営業内容において原告と共通し、営業の規模も類似している(通達は、売上原価をもつて基準としているが、これが仕入金額と近似することは、別表八ないし一〇と同一五の記載を比較すれば明らかであり、したがつて、別表四ないし六に記載された原告の仕入金額の約二分の一に相当する金三〇〇〇万円から約二倍に相当する金二億円までの金額の売上原価を有する業者を選定したことにより、類似性を獲得したと言うことができる。)ので、同業者の選定基準は合理性があり、かつ、その抽出作業は、被告の恣意を排して正確に行われたものであつて、その抽出数(本件係争各年度とも六件)も同業者の個性を平均化し、普遍性を具現するのに足りるものと言うことができるから、右同業者の平均所得率を基礎に原告の所得を推計することは合理的というべきである。

この点につき原告は、原告の反論4項(一)、(二)記載のように、被告の推計方法には合理性がないと主張するので、これについて検討するに、前掲甲第三四号証、証人西村ふき子の証言並びに原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二六号証を総合すると、次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。すなわち、

原告は、昭和四七年ころ、それまでのタクシー運転手を辞めて機械加工業を始め、同五〇年初頭ころからは船舶用エンジンの修理、販売業を「西村マリン」の屋号をもつて個人で営むようになり、当初は半田市内に自宅と工場を有していたが、本件課税処分当時には工場を知多半島の先端付近にある南知多町片名に移転し、半田市内の旧工場は倉庫としてのみ使用していた。当時南知多町には、同業者が八件あり、そのうち株式会社組織の師崎ヤンマー及び東海鉄工所の二社が営業実績において群を抜いており、特に前者は利益率が高かつた。ところで、原告本人及び専従者のふき子以外の原告の事業所の従業員数は、昭和五二年度において平均四・二五人、同五三年度において六・五八人、同五四年度において八・八三人であつた(なお、原告は、昭和五三年度に病気で一か月の入院生活を送つた。)。その後原告は、昭和五七年二月ころ、従来の個人事業を有限会社組織に改めたが、被告による税務調査を受けた後の申告内容(昭和五七年度ないし同五九年度)は、別表一四記載のとおりであつた。

右事実によると、なるほど原告は、新規参入者としてそれなりの苦労をしたことは容易に推測できるところであるが、本件係争各年当時は既に営業開始より約二年を経過し、事業も軌道に乗りつつあつたことは、工場の移転、従業員数及び仕入金額の推移からみて十分に認定できる(原告の病気入院中もさして事業に影響がなかつたことは、当該年度の仕入金額が格別減少していないことから容易に推認できる。)上、同業者のうち営業規模の隔絶した前記二社は推計の基礎となる類似業者に選定されなかつたことが別表八ないし一〇の記載から明らかであるから、右の程度の特殊事情は、前記のとおり、抽出された類似業者の平均値を求める過程で捨象されるというべきである(前掲各証拠には、原告は、他の同業者との対抗上、利益率を著しく低めた安売り商法をとつていたとの部分があるが、これを具体的に裏付ける証拠はないのみならず、右に述べたような順調ともいうべき事業の発展状況に照らすと、右部分は、にわかに採用できない。)。また、本人自身の他の年分の所得率も、その前後の年度の数値が明らかにされない以上、比較の対象にならないというべきであるところ、原告の事業所の法人化以後の所得率は、本件係争各年度との間に数年の間隔があるから、本人比率と同業者比率との間に相当な差異があつても、被告の推計を不合理ならしめるものではなく、結局、原告の反論4項(二)も採用することができない。

もつとも、いかに数値が近似するとはいえ、原告の仕入金額を基に推計を行う以上、乗ずべき平均所得率も同業者の仕入金額に対するものを用いなければ理論的に首尾一貫しないことは、在庫の存在を考えれば明らかであり、これによる推計方法の方が、被告が主位的に主張する売上原価に対する平均所得率を適用する方法よりもより合理的であるといわざるを得ない(この点で、原告の反論4項(一)は正しい指摘を含んでいると解される。)。そこで、本件においても別表一五に記載された所得率を前記仕入金額に乗じて、原告の事業所得を算出すると、本件係争各年におけるその金額は、次のとおりとなり、この金額をもつて原告の推計所得とすべきものである。

昭和五二年分 金九九九万〇九五〇円

同 五三年分 金一五三九万三三〇七円

同 五四年分 金一五四二万七一二三円

2  配当所得、雑所得及び所得控除額について

被告の主張2項(二)ないし(四)の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、これらを前記事業所得に加減算すると、原告の課税所得は、次のとおりとなる。

昭和五二年分 金八六〇万四四三〇円

同 五三年分 金一三九四万九七〇〇円

同 五四年分 金一三八七万〇六八二円

五  そうすると、結局、本件課税処分における原告の課税所得額は、前記金額の範囲内にあるものであるから、本件課税処分は適法というべきである。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 加藤幸雄 裁判官 森脇淳一)

別表一

昭和五二年分

<省略>

(注)所得税額は、昭和五二年分所得税の特別減税のための臨時措置法による減税額一五、〇〇〇円を控除した後のものである。

別表二

昭和五三年分

<省略>

別表三

昭和五四年分

<省略>

別表四

仕入金額明細表(昭和52年分)

<省略>

別表五

仕入金額明細表(昭和53年分)

<省略>

別表六

仕入金額明細表(昭和54年分)

<省略>

別表七

同業者の選定基準

同業者は、以下の選定基準に基づき、抽出されたものである。

対象者

近海で使用される主として五トン未満の漁船、船舶等に登載されるディーゼルエンジンを販売し、かつ、これに付随する修理業を営む個人及び法人のうち、昭和五二以降昭和五四年まで(法人については昭和五二年九月一日以降昭和五五年三月三一日までの間に終了する各事業年度、以下「選定年分」という。)の各期間について青色申告書を提出している者で、次の(1)及び(2)に該当する者。

(1) 選定年分について、上記の事業を継続して営んでいる者。ただし、次の各号に該当する者は除く。

イ 年の中途において開・廃業、休業又は業態を変更した者

ロ 更正処分が行われた者のうち、不服申立期間又は出訴期間を経過していない者、並びに不服申立又は訴訟中の者

(2) 選定年分の売上原価が三三〇〇万円以上二億円以下の範囲内にある者

別表八

同業者比率表(昭和五二年分)

<省略>

別表九

同業者比率表(昭和五三年分)

<省略>

別表一〇

同業者比率表(昭和五四年分)

<省略>

別表一一

被告主張額計算表(昭和五二年分)

<省略>

別表一二

被告主張額計算表(昭和五三年分)

<省略>

別表一三

被告主張額計算表(昭和五四年分)

<省略>

別表一四

所得率等の推移表

<省略>

(注、△印はマイナスであることを示す。)

別表一五

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例